3280290 ランダム
 HOME | DIARY | PROFILE 【フォローする】 【ログイン】

人生朝露

人生朝露

嫦娥と兎とひきがえる。

『淮南子』。
前回の続きで『淮南子(えなんじ)』を。

参照:『淮南子』と『日本書紀』 ~天地開闢~。
http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/005187/

道家思想を見る場合に、『老子』の場合にはそもそも、固有名詞自体がほとんど見られませんが、『荘子』や『列子』には、歴史上の人物だけでなく、神話の世界の人物や神話をモチーフにしたお話が目立ちます。『淮南子』も、中国の神話の典拠とされる場合がありますので、その辺を。

まずは、『荘子』にもたびたび登場する、羿(げい)のお話。
『淮南子』。
『逮至堯之時、十日並出、焦禾稼、殺草木、而民無所食。??、鑿齒、九嬰、大風、封?、修蛇皆為民害。堯乃使羿誅鑿齒于疇華之野、殺九嬰于凶水之上、?大風於青丘之澤、上射十日而下殺??、斷修蛇於洞庭、禽封?于桑林、萬民皆喜、置堯以為天子。於是天下廣狹、險易、遠近、始有道里。舜之時、共工振滔洪水、以薄空桑、龍門未開、呂梁未發、江、淮通流、四海溟幸、民皆上丘陵、赴樹木。舜乃使禹疏三江五湖、開伊闕、導廛、澗、平通溝陸、流注東海、鴻水漏、九州幹、萬民皆寧其性、是以稱堯、舜以為聖。』(『淮南子』本経訓)
→堯の時代に至り、十個の太陽が天に現れ、穀物を焦がし、草木を殺し、民の食べるものは無くなってしまった。ありとあらゆる天災や物の怪が民を害した。堯は弓の名手・羿(げい)に魔物の退治を命じた。羿は鑿齒を疇華の野で誅し、九嬰を凶水の上にて殺し、大風を青丘の澤にて討ち、上は十の太陽を、下は<アツユ>を殺し、修蛇を洞庭にて斬り、<ホウキ>を桑林で捕らえた。万民はこれを喜び、堯を天子の位につかしめた。ここから天下は広狭・険易・遠近に応じて、道や里が作られるようになった。
 舜の時代になって、共工が洪水を引き起こし、その水は空桑まで広がった。龍門や呂梁は開拓されておらず、長江と淮河が交わり、一帯は水に飲まれて、民衆は丘陵や木の上に逃れた。舜は禹に命じて三江五湖の水はけを通し、開伊を開いて廛、澗に水流を導き、水路を縦横に敷いて東海へと流すようにした。やがてあふれ出た水はひいていき、九州は乾燥して、万民はその生に安寧した。これにより堯と舜をもって聖人と称するようになった。

太陽を射る?。
羿(げい)による射日神話、共工が引き起こした洪水と舜・禹による治水事業を描いています。

また、『淮南子』には、羿(げい)のその後についても記述があります。
『淮南子』。
『夫鉗且、大丙不施轡銜、而以善禦聞於天下。伏戲、女媧不設法度、而以至徳遺於後世。何則?至虚無純一、而不、喋苛事也。《周書》曰「掩雉不得、更順其風。」今若夫申、韓、商鞅之為治也、挬拔其根、蕪棄其本、而不窮究其所由生、何以至此也。鑿五刑、為刻削、乃背道徳之本、而爭於錐刀之末、斬艾百姓、殫盡太半、忻忻然常自以為治、是猶抱薪而救火、鑿竇而出水。夫井植生梓而不容甕、溝植生條而不容舟、不過三月必死。所以然者何也?皆狂生而無其本者也。河九折注於海、而不絕者、昆侖之輸也、潦水不泄、廣漾極望、旬月不雨則涸而枯澤、受瀷而無源者。譬若羿請不死之藥於西王母、姮娥竊以奔月、悵然有喪、無以續之。何則?不知不死之藥所由生也。是故乞火不若取燧、寄汲不若鑿井。』(『淮南子』覧冥訓)
→鉗且(けんしょ)、大丙(たいへい)は、くつわや手綱を用いずとも、天下の馬の御者であった。伏戲(ふっき)、女蝸(じょか)は、法を設けず、至徳を後世に遺した。虚無純一に至り、些事を顧みなかったからである。『周書』には「キジを捕まえられずとも、さらにその風に従え。」とある。申不害や韓非子、商鞅の統治は、根を引き抜いて、本を捨て去り、その生ずるところを究めようとすることをしない。なぜそうなってしまうのだろうか?彼らは、苛烈な五刑を強いて、民の本性を削り取り、道徳の根本にそむき、小利のための闘争の末に、百姓の大半を斬り捨ておきながら、嬉々として自らの統治が上手く運んでいるとでも思っている。まるで薪を抱えながら火を消すようであり、また、穴を掘って水漏れを防ごうとするようなものである。井戸の穴に雑草が生い茂って水瓶が入りきれなくなったり、水路の板材から枝が伸びて船が通らなくなる場合があるが、それらが枯れてしまうのに、三月もあればよい。なぜそうなるのだろうか?それは、これらの事象がその根本から生じたわけでもない、狂った事象だからである。黄河は曲がりくねりながら海へと至り、その営みが尽きることない。これは、崑崙山から水がやむことなく湧き出しているからである。洪水であふれた水が、見渡す限りの土地に溜まってしまっても、十日か一月でも雨がなければ、ただの乾いた沢になる。これは、その土地から水が湧き出たものではないからである。たとえば、羿(げい)が不死の薬を西王母に頼んだところ、妻の姮娥(こうが)がそれを盗んで月へと奔り、失意で呆然としてしまうようなものである。なぜだろうか、それは、彼が不死の薬の根源を知らなかったからである。故に、火を乞うよりも火打石を手に入れる方がよい。水を乞うよりも井戸を穿つ方が良い。

嫦娥(?娥)。
秦の治世の頃に権勢をふるった法家の思想への、道家的な批判の文章です。随所に神話のお話が載っています。『淮南子』ではまだ「姮娥(こうが)」ですが、後に嫦娥(じょうが)と表記されるようになります。現在原型をとどめている書物の中で、「嫦娥奔月」について書いてある最古のものが、この『淮南子』です。

嫦娥奔月。
現在の中国の月探査計画・嫦娥計画の嫦娥(じょうが)です。羿(げい)は、天帝の使いである太陽を射たので、天に昇ることを許されなくなります。そこで彼は西王母に頼んで不死の薬を譲り受け、せめて妻と共に地上で永遠に暮らしたいと望みました。けれど、彼の妻は、夫の居ぬ間に二人分を飲み干し、夫を残して月の世界に旅立ちます。日本の『竹取物語』にも不死の薬というのが出てきますね。

嫦娥。
嫦娥のお話にはいろいろなパターンがあります。たとえば、『西遊記』において、天帝の家臣で、天の川の水軍大将であった天蓬元帥(てんぽうげんすい)が、酒の勢いで女性を口説いたことがバレて、地上に落とされ、妖怪となるエピソードがあります。その被害者が嫦娥です。(この妖怪が、三蔵法師から「猪八戒」と名付けられて長い旅のお伴をするのは後のお話。)

月宮鏡 嫦娥、玉兎、蟾蜍。
古くから大陸の人々は、その文様を読んで、月には兎が棲む(玉兎)、もしくは、ひきがえる(蟾蜍)が棲む、桂の木が生えている(月桂)と空想していたようで、嫦娥は、月の兎と暮らしているとか、蟾蜍(ひきがえる)になった等々のお話となったりするパターンもあります。旧暦の八月十五日、いわゆる中秋の名月(中秋節)に披露される嫦娥の物語は、祝日ということもあってか、柔かいお話が好まれるようです。

参照:Chang E-Yuan Club Chabot College
http://www.youtube.com/watch?v=tT-mPf5c-6w

馬王堆帛画。
『淮南子』には他にも、「日中有踆烏、而月中有蟾蜍。(太陽の中には踆烏という鳥がいて、月の中には蟾蜍(ヒキガエル)がいる)」という記述があります。
『淮南子』より二百年ほど後に書かれた後漢の王充の『論衡』では「日中有三足烏、月中有兔、蟾蜍。(太陽には三本足のカラスがいて、月には兎と蟾蜍がいる)」との記述もあります。
太陽と月、そしてそれを象徴する生物の対置というのは、前漢の頃の馬王堆というお墓から出土した帛画の世界観とも一致します。

参照:馬王堆漢墓
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A6%AC%E7%8E%8B%E5%A0%86%E6%BC%A2%E5%A2%93

嫦娥奔月。 太陽を射る?。
この羿(げい)と嫦娥(じょうが)の夫婦の神話も、、「男」と「女」、「太陽」と「月(太陰)」、「太陽の鳥」と「月のヒキガエル」という対置が際立って表れやすいお話でもあります。

参照:Wikioedia ゲイ (中国神話)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B2%E3%82%A4_(%E4%B8%AD%E5%9B%BD%E7%A5%9E%E8%A9%B1)

Wikipedia Chang'e
http://en.wikipedia.org/wiki/Chang%27e

オオクニヌシとひきがえる(多邇具久・タニグク)。 神武天皇と太陽のカラス。
日本の神話でも、ヤマトタケルの導き手としての「八咫烏(ヤタガラス)」や、神武天皇の「金鵄(キンシ)」、オオクニヌシの導き手としての「多邇具久(タニグク)」というように、カラスとヒキガエルというのは、対照的に布置されています。ちなみに、『西遊記』には金烏も出てきますし、三蔵法師を案内して、般若心経を授けた烏巣禅師(うそうぜんじ)も烏の精です。

参照:Wikipedia 三足烏
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E8%B6%B3%E7%83%8F

太極図。
ユング派の研究の一部は、そういうことをやっているわけです。

参照:太陽と月、男と女の錬金術。
http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/005148/

スカラベと玉蝉
http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/5149/

ユングと河合隼雄の道。
http://plaza.rakuten.co.jp/poetarin/005092/

今日はこの辺で。


© Rakuten Group, Inc.